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俺たちは生まれた時から西方浄土へ向かって歩いている  

今回の題名も前々回同様、宗教じみたものをつけているが宗教とは全く関係がない。

ブログを始める際、記事に書かないと決めたことが何点かある。
そのうちの1点は宗教、政治、金、女、この4項目については書かないということだ。
しかしそれらに対する小市民の愚痴ぐらいは書くかもしれない・・・あまり読みたくはないと思うが。

先日読了した本について書く。
以前の記事で紹介した本だ。

久住昌之 野武士、西へ 二年間の散歩 集英社 2013年


副題の「二年間の散歩」はジュール・ヴェルヌの「二年間の休暇」を意識したものか?と深読み。

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漫画家、ミュージシャンである著者が2年をかけて神保町(日本橋ではない)から大阪城まで旧東海道をできるだけ伝って歩いた記録である。

一気に読破するより日数をかけて少しづつ読み進めていくというのは旅に似ているかもしれない。
この本はそうだった。内容が旅そのものの話で本当に旅をしたような気分だった。

この本で最も共感したのはトイレ休憩の場所をどこにするかという話が多いことである。

大抵の旅行記では飯は何をどこで食うか、どこに宿を取ろうかという話は出てくると思うが、
道中のトイレの話は案外書かれていないことが多いのではないか。
確かに飯や宿のことも旅行では大事だが、1日何回も行くトイレの話はそれより重要ではないだろうか。

自分はオートバイでふらふらとよくツーリングしているのでトイレの話は非常に共感できる。
街中ならコンビニとかスーパー等あるが、田舎だと本当にどこでするかというのは死活問題の時もある。
人目を気にしながら道端で立ち○○や野○をしなければならないかも、と思ってしまう。

残念だったのは鈴鹿峠まではほぼ旧東海道を伝ってきていたが、そこから峠越えをして滋賀県を通らず奈良方面へ行く大和街道の方へ道を取ったことだ。
でもゴールがもともと京都の三条ではなく大阪だったから仕方がないかもしれない。

自分もこういう歩き旅に憧れるが、憧れだけで終わってしまうかもしれない。

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