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人類の進歩と調和  

前回の続き。
J1開幕戦の観客やショッピングモールの買い物客で混雑している大阪モノレール・万博記念公園駅に降り立った。
駅を出てスロープを下っていく。左手に「太陽の塔」が見える。

太陽の塔遠景20102

太陽の塔は芸術家の岡本太郎(1911~1996)がデザインした。1970年開催の万国博覧会におけるシンボル的存在である。
この駅に降り立つといつも必ず見入ってしまう。

ここへ来たのはJ1観戦や買い物のためではない。
太陽の塔を見に来たわけでもない。否、第一目的ではないが、太陽の塔を見るのも楽しみでやって来た。
太陽の塔を経由して目的地へ行こう。

買い物客等で賑わっているショッピングモールを横目に、中国自動車道を越える陸橋を渡っていく。
太陽の塔がある自然文化園窓口にて観覧券を購入。
しかし自然文化園のものではなく、国立民族学博物館のものを手に入れた。JAF会員割引で団体料金の350円を支払う。

そう、この日の目的地は国立民族学博物館である。
国立民族学博物館の観覧券を購入すると自然文化園の通り抜けは無料になる。

太陽の塔正面201602

入園すると真正面にどーんと太陽の塔がそびえている。
「芸術は爆発だ。」と言っている岡本太郎が出演していたCMでの名言を思い出す。
老若男女、国内外問わず記念写真を撮る観光客がかなりたくさんいた。腕を広げる者、腹に造られた顔をマネして顔をゆがめる者。
休日の平和なひとときを過ごしている。
「人類の進歩と調和」という万博のテーマがこのひとときに実現していたように思えた。

太陽の塔からしばらく歩いて行くと「お祭り広場」という広大な広場が見えてきた。
ここには鉄骨の建造物が残されている。
万博メイン会場である中央広場の大屋根の一部がここには保存されていた。
開催当時は世界最大規模の大屋根で総面積3万平方メートル。
その大屋根を突き破って、太陽の塔は建っていた。

万博大屋根201602

最近、NHK・Eテレの「知恵泉」という番組で万博での岡本太郎についての特集が組まれ放送された。
それによると、この大屋根を突き破って太陽の塔を建てる案に、万博の建築プロデューサーであった丹下健三(1913~2005)は猛反発した。
それはそうだろう。自分が設計した大屋根をこともあろうにぶち破る塔を許すはずがない。

両者一歩も譲らず、結局万博協会長であった石坂泰三の「これ(太陽の塔)さえあれば万博は成功したも同然」という鶴の一声で岡本太郎案が採用された。

丹下の力は当時絶大で太陽の塔を廃案にすることもできたが、それをしなかったのは太陽の塔の価値を認めていたかららしい。
太陽の塔が現在も建っているのは丹下健三のおかげかもしれない。

夷酋列像立て看板自然文化園201602

広場を過ぎると看板が立っていた。
国立民族学博物館で開催されているこの「夷酋列像」展観覧が本日の目的である。

次回へ続く。
ヘイヘイ。


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