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長期間旅を続けるにはどうすれば(泉光院編)  

日向国(宮崎県)佐土原の修験者である野田泉光院成亮は満56歳の時に回国修行のため、故郷を旅立った。
1812年10月8日(文化9年9月3日)のことである、

そして故郷の土を再び踏むのは1818年12月4日(文政元年11月7日)、6年2ヶ月にも及ぶ長い旅であった。

旅をしていないのは以下の7道県のみ。
北海道、青森、岩手、香川、徳島、高知、沖縄。

石川栄輔 泉光院旅日記 山伏が見た江戸期庶民のくらし ちくま学芸文庫 2014年

にてその旅の記録である「日本九峰修行日記」を読み解いていく。

泉光院

著者も強調していたが、江戸期にはかなり旅行の自由があったことがわかる。
五街道が整備され、お伊勢参りが流行っても身分制度や土地に縛られて庶民は生きていたイメージがある。
旅行できても公用や流通、商用の為のものだろうという感が拭えなかった。

しかしこの本を読んで考えは一変する。

泉光院が1813年12月、長門国(山口県)萩で滞在した際に聞いた話を挙げる。

この年の5月に肥前国(熊本)天草の女性ばかりの五人連れが萩に滞在していた。
四国巡礼の帰りに立ち寄ったらしいがここで1人が疱瘡にかかった。
結局、5人全員がかかってしまい2人が亡くなってしまったが
萩のお上は1日米1升(1.5㎏)を支給、介抱人も2人つけた。

意外な事実である。

女性だけのグループが天草からはるばる四国へ、もちろん徒歩、船で旅行し、
どういうルートを取ったのか知らないが、日本海沿岸の萩にまで足を延ばしている。
かなりの回り道で好き勝手に旅をしている。
女性は家に縛られて生きていた印象があったため驚きである。

また役所がよそ者、その上重病にかかった者を厄介払いすることなく手厚く保護している。
長州以外にもこのような土地はあったのだろう。

一般庶民も旅行者に寛容だった。
泉光院自身が6年2ヶ月の旅の期間、一度も野宿をしなかった事実がある。
宗教者ということもあっただろうが、見ず知らずの人間を請われるままに泊めた。


江戸期の社会の事は時代小説等で知っているつもり感があったが、まだまだ知らない面があるかもしれない。

次回記事も泉光院の旅の話である。
それではヘイヘイ。

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