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カテゴリー「2016竹生島」の記事一覧

湖北でフリスビー  

前回の続き。
琵琶湖北部に浮かぶ竹生島へ初詣に行った話である。

舟廊下を通り都久夫須麻神社本殿へ。

都久夫須麻神社本殿201601

約450年前、豊臣秀吉が寄進した伏見桃山城の束力使殿を移転したものらしく、国宝となっている。
祭神は
・市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)
・宇賀福神 (うがふくじん)
・浅井比売命 (あざいひめのみこと)
・龍神
の4柱である。

お参りし、本殿前に建つ龍神拝所へ。

龍神拝所201601

ここから琵琶湖に向かって建つ鳥居へかわらけを投げる。
鳥居の間を通れば願い事がかなうとされている。

かわらけは2枚1組で、1枚には名前、もう1枚には願い事を書く。
願い事は「家内安全、健康第一」と書いた。

龍神拝所鳥居201601

まず1枚目を投げる。力加減や距離の感覚がよくわからない。
そこで少し力を抜いてフリスビーみたいにして投げたが鳥居まで届かず。

2枚目は全力で再びフリスビーのようにして投げてみたが、鳥居からは大きく外れてしまった。
難しい。

その後、港へ下りていった。
舟廊下を支える柱が美しい。

舟廊下下201601

途中、彦根港へ戻る船が出港するのが見えた。

彦根行き離島201601

港に戻り、しばらくぼーっと時間をつぶす。

そして定刻の1205時、長浜港へ向けて出港。

竹生島離島201601

空からは今にも雨が落ちてきそうな雰囲気である。

長浜帰港201601

30分の航行の後、定刻どおりに長浜港に帰港。

長浜帰港2201601

帰宅途中、新古書店に1軒立ち寄ったが収穫はなし。
昼食をとり、帰路に就いた。


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モノ買えばカネが無くなる宝厳寺  

前回の続き。
琵琶湖北部に浮かぶ竹生島へ初詣に行った話である。

定刻1045時、竹生島に接岸、上陸した。
上陸時間は80分。
1205時発長浜港行きで帰る予定である。

竹生島上陸201601

土産物店はまだ開店していない。雰囲気が少々暗い。
通常思い浮かぶ門前町の鬱陶しいくらいの呼び込みや賑わいが全く無かった。

拝観料400円を払い、入り口でかわらけ2枚1組300円を購入。
このかわらけには1枚は名前、1枚は願い事を書いて境内にある龍神拝所から湖に向かう鳥居へ投げ、鳥居の足の間を通ればその願い事がかなうらしい。

かわらけ201601

まずは宝厳寺へ。急な階段を登っていく。
積雪、凍結していれば危険で絶対無理だろう。

境内入り口鳥居201601

登りきった台地に本堂が建っていた。

宝厳寺本堂201601

中に入り弁才天にお参りし、お土産コーナーで竹生島が描かれた手拭い1巾300円を購入。

三重塔を経由し国宝の唐門、重文の観音堂へ。しかし保存修理工事のため、建屋で覆われていた。

宝厳寺唐門201601

中に入りお参りし、おみくじを引く。
なんと大吉であった。

おみくじ201601

大吉なんて引いたのは何年ぶりだろうか。
10年以上は確実である。
良いことばかり書いてあるので気持ちが良い。

観音堂を出ると重文の舟廊下へ。
この長さ約30メートルの廊下は豊臣秀吉の御座船「日本丸」の舟櫓を利用して建てたと伝えられている。
天井を見上げると重文なのに「国宝」の文字が。

舟廊下201601

文化財に直接看板、それも誤記?のものを取り付けているので何だか安っぽい。
歴史の重みが全く感じられなかった。

この廊下を通り抜けると都久夫須麻神社本殿である。

続きは次回。
ヘイヘイ。

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本日天気曇リナレドモ浪ハ無シ  

前回の続き。
琵琶湖北部に浮かぶ竹生島へ初詣に行った話である。

長浜までは自動車で行った。
琵琶湖東岸の湖周道路を北上し、0900時頃、長浜港に到着。

長浜港観光船乗り場201601

観光船乗り場の発券窓口がまだ開いていなかったのでしばらく周囲を散策した。

近くにある長浜城は元々羽柴秀吉が築城したのだが、現在の城は1983年に市民の寄付金などで模擬復元され、内部を歴史博物館として使用している。
この時はリニューアル休館中であった。

長浜城201601

1000時前乗船乗り場に戻り、往復3070円のチケットを購入。
出港5分前だったか、乗船した。

リオグランデ201601

船は1984年4月進水の「リオグランデ」。
全長27.7メートル、幅5.7メートル、総トン数94トン、最高速力22.5ノット、旅客定員200名である。
なぜ名前がアメリカ・メキシコ国境の河なのか、よくわからない。友好提携都市に何か関係があるのかも。

定刻通りに出港。乗客は3~40人くらいか。外国の方も何人かおられる。
湖上はもやがかかっていて天候も若干曇り気味である。
この日の天気予報は夕方から雨。多分長浜港へ帰ってくるまで天気は保つだろう。

湖岸から見た長浜市街201601

しばらくはオープンデッキに座って景色を見ていたのだが寒い寒い。
堪らずキャビンの中に入って引き続き景色を眺める。
キャビン内のテレビモニターには竹生島や滋賀県、特に湖北地方の観光ビデオが流されていた。

波は無く、寒さを除けば穏やかな航行。
竹生島が見えてきた。

竹生島接近201601-1

竹生島接近201601-2

竹生島接近201601-3

30分間の乗船、定刻1045時に接岸した。

竹生島接岸201601

次回へ続く。
ヘイヘイ。

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神仏の島へ初詣  

正月三が日が過ぎたある日、琵琶湖北部に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)へ行ってきた。

面積0.15平方キロメートル、周囲2㎞、最高標高197メートルの無人島である。
この島には宝厳寺と都久夫須麻(つくぶすま)神社がある。

宝厳寺は724年に行基が開いた寺で、西国三十三所観音霊場・第三十番札所、
日本三弁才天の一つに挙げられている。

都久夫須麻神社は平安時代の延喜式に載る古社である。「ちくぶしま」が訛って「つくぶすま」になったという説もある。
自分のハンドルネームはこの神社の名前から拝借した。
初詣を兼ねて、神さんにそのご挨拶をしようと思ったからである。

(下写真は竹生島離島時に撮影した島全景)
竹生島全景離島時201601

ハンドルネームにしようと思ったのは中学生時代の一時期、この島に住んでみたいと妄想していたからである。
実行していたらもちろん捕まっていただろうが、このようなガキの頃から隠遁生活にあこがれていたのだ。

現在寺社関係者や数軒ある土産物屋の従業員は島外から通っていて住んでいる方はいないらしい。
孤島なので人によってはここに住むということは牢獄に入ることのように感じるかもしれない。
実際、戦国期にはこの島に幽閉された人物がいた。
近江国小谷城主であった浅井久政(浅井長政の父)が、長政への家督委譲を目論む家臣団によって一時的にこの島に幽閉され、隠居生活を強要されたらしい。

このように思い入れのある島であるが、実は行ったことがなかった。今回が初めてである。
竹生島へのアクセスはもちろん船。湖西の今津港、湖東の長浜港、彦根港からの定期便があるらしい。
今回は長浜港からの往復の便にした。

長浜竹生島リオグランデ201601

1015時長浜港発、1045時竹生島着で島の上陸時間は80分、
そして1205時に竹生島発、1235時に長浜港着の便である。

次回へ続く。
ヘイヘイ。


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